永遠の【仮】〜勇氣凛々海の色〜

水中に目覚めた、水どう好きな道産子の日常。

カンシャして

最近、アルバイトを始めました。

 

と言いつつ、そもそもメインで働いている所も雇用形態は、パート。

 

正社員になる氣は、さらさらナッシング。

 

その理由を書き連ねるのは、さすがに憚れるので、それはさておき。

 

たまたま居合わせた所で人手を所望している方がいらして、こちらの事情を話してみたらば「それでもいいから、手伝ってくれませんか?」との事。

 

一応は面接がありましたけれども、面接というよりは条件の再確認的な感じでした。

 

そんなわけで、『アルバイトを始めました。』

 

喫茶店やラーメン屋さんでの経験はあれど、居酒屋さんというのは初のチャレンジ。

 

何せその日の仕入れでメニューが変わるタイプの、職人臭プンプン居酒屋さん。

 

特に魚貝類は、港まで行って直接仕入れをしてくるスタイル。

 

 

何より魅力なのは、賄い付きなこと!!

 

人様に…しかも、職人に作ってもらえるゴハンは無条件に美味しいのです。

 

アーサーたっぷりのだし汁ぶっかけゴハン、梅風味のオジヤ、スタミナ焼肉丼、焼き魚と魚のお味噌汁などをいただきまして。

 

で、そのアルバイトを始めましたよ〜って告知しましたら、「どこでやってんの?」って聞いてもらえたので店名をお知らせ。

 

 

すると、「Hちゃんて女の子がバイトしてない?友だちなんだけど」というぶったまげアンサー。

 

しかも、Sさんという女性スタッフはワタシがかつて長く住んでいた地域のご近所で生まれ育った方。

 

かつ、ワタシの憧れ職業、プロダイバーさん!!!

 

 

うっひょーーーーぅ!!

 

うっひょおおおおーーーーう!!

 

何この繋がり!!

 

世間狭いとか、宮古島狭いとかのレベルを超えてませんか?な、つ、な、が、り♪

 

 そして、そこのスタッフさん達からも「整体、してー!」って依頼も入りまして、オーナーシェフからは「隣で開業してもらえば、いいんだよ」なんてジョークも出る勢い。

 

まあ、その隣と言っているエリアは、このお店の拡張部分なんですけれども。

 

さあ、このご縁にもまたカンシャして。

 

イケイケ、ゴーゴー!

 

 

 

父の日に、感謝を込めて。

今年の父の日ギフトも、悩みつつクリアしました。

 

 

ワタシの実の父親は、ワタシが15歳になろうかという冬に亡くなりました。

 

何せ、ワタシが小学校に入るより前に酒乱になっていましたので、まあ肝臓が保たなかったのでしょう。

 

 

その後、我がモテ母は、再婚、彼氏有り、お見合い後の再々婚と、現在、3人目の旦那さんと仲睦まじく生活しております。

 

 

この3人目の旦那さんが、とても良い方で、唯一の趣味は宅飲みのお酒という方。

 

実父のように酒乱になるでもなく、再婚相手のように女遊び激しくもなく、再々婚候補の彼氏のようにギャンブラーでもなく、常に平穏。

 

 

と言いつつ、その彼もまた再婚なわけですが、「何で、あんな良い人が離婚するかな?」というワタシの問いに、母は「今だから私も落ち着いたけれど、若い頃なら生真面目すぎて面白くないかもねぇ」とのこと。

 

そんな血も法的縁も繋げてはいないなりにも、と呼ぶならば、彼しかいないので、毎年、それなりに父の日ギフトを贈ります。

 

無趣味の方へのギフトって、とんと難しくてですね。

 

今まで、作務衣とい草の枕、お冷や酒のためのガラス徳利と猪口のセット、赤いチェックシャツ、赤いチェックとコンビのキャスケットなどなど、沖縄県民になってからは、琉球ガラスのグラスと赤瓦のコースター。

 

そして、今回の琉球的珍しお酒セット。

 

ゴーヤーのエールとか、オリオン、泡盛、キリンの沖縄仕様などを詰め合わせて送りました。

 

 

「珍しいお酒のセット、ありがとうございます。身体に氣をつけて、頑張ってください。」という、なんとも実直なメールが届きました。

 

 

 

泡盛が美味しく飲めるようなら、来年は、ドカーンと泡盛を送ってあげたいと思います。

 

 

まあ、それよりも母希望のマンゴーリクエストが、そろそろ来ますけれども。

不思議の島の…んみゃーち!!

宮古島は、沖縄県で唯一、ハブがいない所です。

 

正確には、ハブが住めない所らしく。

 

離島だから、ハブが行けない…というわけでもないようで、貨物船に紛れ込んで来島するハブもある程度いるようですが、なぜか、「あ、あ…、あかーん!!」ってなって、お亡くなりに。

 

なので、港では時々、ハブのご遺体が見つかるそうです。

 

なぜ、ハブが「あ、あかーん!!」になるのか、あまりに不思議なので地質調査などが専門家によって行われた事もあるらしいですが、結局、理由は分からなかったんだとか。

 

宮古島は好き嫌いの激しい島だそうで、「ハブ、ダメ!絶対!!」なのかもしれませんし。

 

宮古島には、四色の龍が住むそうで、そのご加護かもしれません。

 

この科学の発達した現代でもわからない、ハブが住めない理由。

 

ますます、謎めいてミステリアスな島、宮古島

 

 

んみゃーち!!宮古島!!

 

 

一人旅、カップル、家族、団体、どんな方にもよろしいようで。

 

いらっしゃいませ、宮古島

 

ご要望とあらば、お迎えに行きますよ。

20150614‘島に呼ばれた子’

2年前の6月、宮古島へ降り立ちました。

 

その旅行プランを練る時、行ったことのある日本最南端は福岡だったので、もっと南下、沖縄行ってみたいなぁ…ぐらいのものでした。

 

たまたま同じ職場に宮古島フリークが居たことと、顧客にも宮古島好きで毎年行くという人が数人いたので、「よほどハマる良い所なんだろうなぁ、なら、いっそ本島通り越してみるのもいいか!」と、宮古島ロックオン。

 

それまでは、宮古島という地名さえ知らなかったのです。

 

そして、水中で写真撮れたらカッコ良いというチャラい理由でダイビング講習を受けました。

 

まあ、このダイビング講習に至るエトセトラもまた色々あったのですが、それはさておき。

 

一番長く住んだのは東京を中心とした関東とはいえ、北海道の片田舎育ちが沖縄の離島民になってしまう流れの起点。

 

まあ、もっと掘り下げれば、宮古島という地名を聞いた時なのかもしれませんが、その時には「ふーん、宮古島ねー、知らんなー」レベルでしたし。

 

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そんなレベルのワタシが、スルッと離島へ越して、スルッと離島ライフ。

 

島に移るきっかけや、そこに至るまでの出会い、移ってからの出会いや御縁の話をすると、こちらの人たちは、「島に呼ばれたのね」とか、「島に呼ばれた子ね」と、言います。

 

 

宮古島は、特に人の好き嫌いが激しいらしく、その場所に憧れて移っても半年も経たぬ内に去らざるを得なくなる人、リゾートバイト程度のつもりで来たのに離れられなくなる人…と、やけにハッキリしているそうで。

 

あらゆる流れが、ワタシを島に呼び寄せた…らしいです。

 

 

ですが、一生涯こちらで過ごすわけでもないようで。

 

何にしろ、この離島ライフを堪能しまくって、どんな所ででも生きていけるスキルを培ってやろうと思います。

 

せっかく、ご招待いただいたのですし。

 

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朝海活、はじめました。

「明日、晴れそうだよ。朝海する?」と、職場の先輩にお誘いいただきました。

 

この方、ワタシと同じ北海道出身で、ワタシが憧れるダイビングインストラクターだったことがある女性。

 

とは言え、札幌という北海道唯一の都会っ子ですので、最低氣温はせいぜいマイナス15度くらいなので、氣候については共感できませんが。

 

しかも、札幌と那覇を行き交う航空便の多さ利便性、大泉洋と同郷って言えるとか、HTB近いとか、要するに羨ましいぞ、札幌!!みたいな。

 

話が逸れまくりましたが、朝海してきました。

 

揃って遅番シフトだと可能な、朝、海行ってくるだけの命名、朝海。

 

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どうやら、この日、梅雨が明けていたようで、ナイス海日和。

 

特に名のないビーチなので観光の方もなく、だーれもいません。

 

5月のナイトダイビングとシュノーケル以降、行けていなかった海中にウキウキジャブジャブ。

 

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やはり冬、春から比べると透視度が下がってきているようなのと、湧き水が出ているらしく温度差のある水がぶつかり合ってユラユラしていました。

 

 

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ウミヘビ兄さんを発見。

 

 

氣温は夏らしさを醸し出していますけれど、やはり海水はまだ少しヒンヤリ。

 

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お顔隠して、ツノ隠さず。

 

 

先輩は、何か珍しい魚やウミウシがいないか探していたようですが、ワタシは単に海でジャブジャブできていることが楽しくて意味もなくザブーンしてみたり、クルクルしてみたりしていました。

 

 

普段より早起きして、海行って、それでいて仕事に行くなんてしんどいかなぁと思いましたが、それほど忙しくなかったからか、海テンションか、いつもより元氣だったような…。

 

朝海活は、ちょくちょく予定に入れていこうとと、ニヤニヤしています。

 

らくごのご

毎年、沖縄本島、その他、離島もそれなりに回ってきたそうですが、なぜか宮古島には縁がなかったっていう立川志の輔が、落語をやりに来てくれました。

 

宮古島移住して、立川流の落語が聞けるとは思わず、喜び勇んでチケットを買いに行きました。

 

満席御礼完売だったそうで。

 

 

初めて聞いた生の落語が五代目の立川談志だったのと、その時の出来を、後々、本人が「あれ以上のものは、もうできないかもしれない」と言ったという『芝浜』でした。

 

ワタシは、とにかく運の良い人で、当の談志と同じエレベーターに乗り合わせたこともあれば、言葉を交わしたこともあり、ついでに言うなら、ミッキー亭カーチスとだって同じエレベーターに乗ってしまったこともあるのです。

 

 

宮古島に寄席はないですし、そもそも立川流は寄席ではやりませんし、なかなかもう落語を聞ける事なんてないと思っていました。

 

しかも、今や日本一チケットが取れないと言われる立川志の輔

 

東京在住時はまったく行けなかったのに、まさかの宮古島

 

到着した際は、まとわりつくジットリとした湿度に「んみゃーち!」されたそうです。

 

 

前座は、立川志ぃさー(藤木勇人)と、「立川シノマル」と聞こえたので、恐らく、志の丸でしょうか。

 

志ぃさーは、うちな〜噺家らしく時そば宮古島バージョンで。

 

お写真では、扇子をくばおーじにしてましたが、さすがにそうもいかず。 

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沖縄扇子、くばおーじ。

さすがに閉じれないので、高座では難しいですね。

  

 

シノマルは、「狸賽」

 

 

 

そして、志の輔が上がって、ゲリラ豪雨並みにダジャレをたくさん降らせてくれて、現代落語を一つ。

 

中入りがあって、再び、志の輔登場となった時、着物は袴スタイルにお色直しされていました。

 

「こういう着物も持ってるんだって見せたかっただけです」と、笑いを誘っていましたが、その姿に、ワタシは故五代目立川談志を重ね見てしまいました。

 

しゃがれ氣味の声で「えー…」と取る間合い、背中を丸めて肘をつくような姿勢といい、顔立ちも体型も似ているとは思えないのに、「家元がいる…」と。

 

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五代目立川談志が、落語協会なる団体を脱会してしまったことから、立川流は寄席に出ることはありません。

 

しかも、談志本人は「師匠」ではなく「家元」と言っていました。

 

まあ、なぜそんなことになったかは今のご時世ポチっと検索すれば概ねわかることなので置いておいて。

 

志ぃさーが演った「宮古そば」(本当にそんなタイトルかは不明)は、前座の鉄板ネタでありながら、宮古そばの特徴と宮古人の話し方をもしっかり心得ていないと演れない噺だと思いました。

 

シノマルが演った「狸賽」は、なぜその噺だったかはよくわかりません。

 

それより何より、志の輔が梅干し食べる仕草をした瞬間、アゴの付け根がジワジワしてきました。

 

「妾馬」で一升盃でお酒を飲むシーンでは、後ろから「終わったら、飲みに行こうぜ」って我慢しきれなくなったような声が聞こえてきました。

 

詳しい人に言わせると、食べる、呑むの仕草で、それが食べたくなったり、呑みたくなったりさせられないと一流とは言わないんだそうで。

 

実際、お酒の噺が得意な名人が出る寄席の周りには赤提灯が集まって商売繁盛したんだとか。

 

 

 

 

職人気質で口は悪いけれど、妹想い、母想いの主人公がベロベロに酔いながらお殿様にお願い事をする場面は、思わずウルッとしました。

 

もう滅多に会えない娘を想う母、初孫に会えない切なさ。

 

腕は良いのに道具を質屋に入れてしまう主人公のだらしなさもまた、愛嬌。

 

 

なんだかんだ、落語は面白いなぁと再認識した夜でした。

 

志の輔師匠は、単なるガッテンおじさんでも、ペヤングおじさんでもなかったです。

 

 

 

宮古の子

さて、3泊4日の東京から戻りまして、「ただいま、我が家」と部屋のドアを開けたらば、なんと居室の電灯が点いておりました。

 

誰もいない部屋を煌々と照らしてくれていたのですね。

 

エアコンじゃなくて良かったです。

 

もしも、そうなら、来月の電氣料金に心底冷えるところでした。

 

とりあえず大荷物からお土産を取り出し、おなじみの居酒屋さんへ小走り。

 

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いつもの光景と、変わらぬ面々。

 

ホッとひと息。

 

「結婚式で東京に行っていた」と言うと、「結婚式?!オマエのか?!」と、すっとこどっこいなリアクションしちゃうのも含め。

 

新婦である友人から無事に帰れたか問うメッセージが届いたので、お式が楽しかったことと、いつもの場所で落ち着いたことを伝えました。

 

 

すると、「すっかり、宮古の子ねー」と。

 

数十年住んだ東京より、1年ちょっとの宮古島

 

居酒屋さんの面々からも言われました。

 

宮古島に1年住んだら、宮古の子」

 

まだ、みゃーくふつ(宮古島方言)は使いこなせていませんが、宮古の子になったらしいです。